国土交通省は、管理する一級河川を対象に、毎年「河川水辺の国勢調査」を行っており、魚類調査は5年に1度行われます。
通常これらの調査では、実際に作業者が河川に赴いて、対象となる魚類などを、観察・捕獲などの方法でその存在を確認する、という作業を行っています。捕獲などの作業は、その作業者の熟練度に応じて結果に大きな幅が生じます。水中に潜って観察する場合も、作業者による外乱が落ち着くまでその観察結果の信頼性が大きく低下します。更に、希少種などの確認では、その生息場所を侵襲することになり、観察動物の生息を脅かすなどのリスクも生じます。
「環境DNA」が、環境調査の一部現場調査に適用可能である、という事は従来から言われており、実際に、現地で採取したサンプルを研究室に持ち帰って、PCRにより種の同定が行われています。しかしながら、実験室に戻ってPCR分析を行わなければならないため、サンプル採取後、結果が判明するまで1週間以上の期間を要しています。
現場作業が可能なPicoGene® PCR1100を用いてその場でPCRすれば、非常に短時間で種同定が可能となります。別掲の簡易抽出法を用いると、採水・抽出・PCR操作を含めて、種同定まで約30分で可能です。これを用いれば、対象種の生息場所・環境をより簡便に特定することが出来るようになります。例えば、最初に、大まかな範囲でPCRを行い、対象種が検出されるかを調査し、検出された場所近辺を重点的に調査すれば、効率よく生物の生息場所をかなり狭い範囲で限定することが可能になります。このような操作は、現場でPCR結果が得られる装置であるからこそ可能であり、ラボに戻ってからの種特定では時間差が生じるため生物の生息を適格に把握することが難しくなります。
環境DNAとは、個々の生物個体からではなく、海・川・湖沼等の水、土壌、大気といった環境の中に存在する生物由来のDNAの総称です。この環境DNAを採取・分析することで、その環境に存在する生物の種類、特定種の存在の把握、生物の量や個体数の推定が可能です。例として、魚の環境DNAは、水の中の排泄物や粘液、剥がれた落ちた鱗・皮膚、死体などを通じて、その場所の水中にわずかに存在します。水の採取は容易であり、魚自体の採取作業や観察を行わなくても、採取した水の中の環境DNAを分析すれば、魚の種類や存在、個体数の推定が可能となります。なお、環境DNAは、英語略で「eDNA」 (environmental DNA) とも呼ばれています。
環境DNAという言葉が論文に初めて掲載されたのは2008年のことで、その発見から約十数年しかたっていません。この間、環境DNAは各種調査に使用可能であるとの研究報告が各所で行われています。調査は採水のみで行うことができるのに対し、従来の調査が採集等に伴う大きな環境負荷や多大なる労力を必要とします。このため、新たな調査方法として注目されています。