昨年度、我々指導教員がPCR1100を利用した環境DNA分析の手法・手順をパシフィックコンサルタンツ社とゴーフォトン社(サポート2社)からレクチャーを受け、実習に導入できるかを検討しました。環境DNAの標準的な分析方法は、環境DNA学会のマニュアルに掲載されている方法です。ただし時間制限のある授業で実施するという観点から、環境DNAの抽出方法は、サポート2社と兵庫県立大学が共同で開発していた簡易法*を基本としました。さらにピペッターを初めて扱う学生でも取り組むことができる手順にすること、必要な消耗品等を予算内に納めることが出来るかなど、サポート2社と議論を重ねました。その結果、授業の一環として環境DNA分析を実施できると判断し、次年度のカリキュラムに導入することを決めました。
*Doi, H. et al. 2021. On-site environmental DNA detection of species using ultrarapid mobile PCR. Mol. Ecol. Resour., 21(7), 2364-2368.
今回の実験では、通常のDNA実験で求められる定量の正確性やコンタミネーション防止に関する手順には少し目をつむることにしました。これは、学生が環境DNA分析の大まかな流れを掴み、どのような結果が得られるかを短時間で感じ、興味を持たせることに重点を置くことにしたからです。この観点から、簡易抽出の手順を更に簡略化し、50分の授業時間内に環境DNA分析の実験結果が得られるように実験準備を進めました。
実習は1グループを4名以下として、グループ毎にモバイルPCR装置を配置しました。その他の主な器材である、ピペッター、ろ過フィルター、ボルテックス等もグループごとに準備し、機材の利用で順番待ちが生じないようにしました。
大学のカリキュラムの関係で、この実習に参加する学生の全員がピペッターの操作に慣れている状況ではなかったことから、学生たちには授業時間の少し前にピペッターの使い方を練習させました。ただし別の実習で既にピペッターを使った経験があれば、この部分は必要ないでしょう。
実習には、メダカを使用しました。日本には、外見が類似するものの遺伝子的に異なる2種のメダカ(キタノメダカ、ミナミメダカ)が棲息しています。これらを使って環境DNA分析の特徴がわかる面白い実験が出来ると考えました。
授業の様子
学生達に、自分のグループのテーブルに置かれた水槽にキタノメダカ、ミナミメダカのいずれのメダカが入っているか、環境DNA分析法を使って判別することを実験課題としました。実際には、キタノメダカのみ、ミナミメダカのみ、両方入ったもの、3つの水槽を準備しました。
手順は以下の通りです。まず、各グループのテーブルに置いてある水槽から、水槽水をシリンジで吸い取り、カートリッジフィルタ(ステリベクス)でろ過し、メダカの環境DNAを捕捉します。ここまでは、全グループ順調に進みました。
メダカの水槽
シリンジで採水、ステリベクスでろ過
ろ過後のステリベクスにDNA抽出用の抽出液Aを注入します。1分間シェイクした後、ステリベクスから1.5mLチューブに抽出液を取り出します。このとき、チューブには予め適量のB液を分注しておきました。これで抽出は完了し、チューブに入った液をボルテックスで混合してPCRに供する検体(DNA溶液)が出来上がります。このときはやや不安げな学生も見られましたが、指導を受けながら、あるいは学生同士で助け合いながら全グループが作業を完了しました。
抽出液Aをステリベクスに投入
抽出液をチューブに排出
次に、検体1.6uLとPCR試薬14.4uLを混合し、これを今回利用したモバイルリアルタイムPCR装置の専用流路チップに注入しPCR増幅を行う手順になります。注入の際に気泡を入れないように注意が必要で、この実験を通じて最も緊張する作業です。
この作業では複数のグループでミスがあったようで、やり直したグループもありました。それでも全グループ授業終了の20分前までに流路チップに検体を注入する工程まで完了させることが出来ました。
抽出液Bと混合
検体を流路チップに投入するところ
あとは、流路チップをPCR装置に挿入してスタートすれば、検出結果が出るまで20分待つだけです。早く終わった学生達は、PCR装置内部で液が流れていることを興味津々で見ていました。リアルタイムPCRなので、モニターで増幅の様子が視認できるところも面白いところです。
チップを装置に投入、スタート
PCR完了まで約15分待つ
授業に使用したPCR試薬はマルチプレックスと呼ばれている複数の対象を同時に検出できる試薬で、キタノメダカは青色の蛍光チャンネルで、ミナミメダカは緑色の蛍光チャンネルで増幅を確認できる試薬でした。このため、1回の測定で水槽にいたメダカの種類が分かります。
PCR分析中の時間を利用して、パシフィックコンサルタンツさんから環境DNA分析が環境調査の仕事でどのように利用されているかのお話も聞かせてもらいました。
授業が終わる頃にほぼ全グループのPCRが完了し、PCR装置のモニタで、青、緑のいずれか、もしくは両方の増幅が確認されました。下の写真はあるグループの結果で、このグループの水槽には2種のメダカが混ざっていたことが、環境DNA分析で判定できました。
麻布大学、パシフィックコンサルタンツ(株)、弊社の産学連携プロジェクトとして、モバイルリアルタイムPCR装置PicoGene®PCR1100を使った環境DNAの授業を行いました。この活動は、麻布大学からプレスリリースという形で公開されていますが、この装置の教育材料としての活用方法を広く知っていただくため、この授業を主催された生命・環境科学部環境科学科 特任助教の新田梢先生にインタビューし、授業の詳細やご苦労された点、工夫された点などを伺いました。